八ヶ岳高原ロッジ・八ヶ岳高原音楽堂
営業企画部長
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油井 雅明
Masaaki Yui -
長野県佐久穂町出身。都内のホテル勤務を経て、「自然あふれる地元で子育てを」と1990年に入社。約30年にわたり八ヶ岳高原音楽堂の運営に携わる。動植物に詳しく、鳴き声だけで野鳥の種類を言い当てる特技を持つ。自ら「ネイチャーウォーク」の案内も担当し、自然の魅力を伝えている。趣味は登山と、全国の鉄道を巡る「鉄印」集め。
今回の語り手

八ヶ岳高原ロッジ・八ヶ岳高原音楽堂
営業企画部長
油井 雅明
Masaaki Yui長野県佐久穂町出身。都内のホテル勤務を経て、「自然あふれる地元で子育てを」と1990年に入社。約30年にわたり八ヶ岳高原音楽堂の運営に携わる。動植物に詳しく、鳴き声だけで野鳥の種類を言い当てる特技を持つ。自ら「ネイチャーウォーク」の案内も担当し、自然の魅力を伝えている。趣味は登山と、全国の鉄道を巡る「鉄印」集め。
長野県東部、八ヶ岳の東山麓に広がる南牧村・野辺山エリア。標高1500m超の別荘地に建つクラシカルな高原リゾートホテルが「八ヶ岳高原ロッジ」です。
このホテルから、木々に囲まれた遊歩道を15分ほど歩くと、木立の奥に鋭角なシルエットを描く特徴的な建物が姿を現します。今回の物語の舞台、「八ヶ岳高原音楽堂」です。
すべての原点は、別荘地に集う音楽好きの人々が、ロッジのロビーなどで開いていた小さなサロンコンサートでした。あるとき、そこへ招かれた世界的ピアニストのスヴャトスラフ・リヒテルが、白樺やダケカンバが自生する周辺環境を大いに気に入り、「この森に木造のホールを作ってはどうか」と発案したのです。
その後、リヒテルと作曲家の武満徹の助言を受け、日本を代表する建築家・吉村順三が設計を手がけました。「森の中で木の響きを感じ、外の景色と一体になる」というコンセプトのもと、周囲の木々に溶け込む屋根や、木とガラスを多用した開放的な空間を追求。そうして1988年、八ヶ岳高原音楽堂が誕生しました。
客席数は最大でも250席。演奏者と観客が空間を共有し、アイコンタクトを取れるこの距離感は、中世の貴族が邸宅に音楽家を招いた「サロンコンサート」の親密さを体現しています。
木造建築ならではの音の響きや、観客と一体になれる演奏環境は、出演するアーティストからも高く評価されてきました。山上の不便な立地にもかかわらず「ここで演奏したい」というオファーが絶えず、現在では年間100回を超えるコンサートが開催されています。
八ヶ岳高原音楽堂の営業企画部長として長年現場を取り仕切ってきた油井雅明は、初めてここで生の演奏に触れたときの感動をこう振り返ります。
「音が自分の周りを回ってくるような感覚。『音を聴く』というより『音に包まれる』というイメージですね」
しかし、こうした至高の音楽体験を実現させるうえでは、さまざまな現場の苦労があるといいます。その理由について、油井はこう説明します。
「音楽堂は非常に理念が高く、ストーリー性を持たせて設計された建物です。デザインやお客様の体験を最優先に追求したからこそ発生する裏方の仕事が、実はいろいろとあるんです」
まずは、建物へと向かうアプローチ。ここにも現場特有の苦労が存在します。
音楽堂の駐車場は建物からあえて100mほど離れた場所に設けられています。これも吉村が周到に計算したランドスケープデザインの一部なのだと油井は言います。
「道は少しカーブしていて、そこを歩いていくと、だんだんと黒い屋根が見えてくる。まるで幕が開くように建物が現れることで、演奏前のお客様のワクワク感を高める演出になっているんですね」
近づくにつれ非日常への期待が高まっていく粋な演出ですが、晴れの日ばかりとは限りません。雨が激しく降る日や雪の日にはスタッフ総出で傘を手に駆け寄り、足元を慎重に案内して回るなど、悪天候時のサポートには現場ならではの苦労が伴います。
美しい野芝に囲まれた音楽堂の館内に入ると、ロビーの一角に大きな障子が設えられています。
実は、お客様がくつろぐロビーのすぐ脇、一段下がった場所が、楽屋からステージへと向かう通路になっているのです。演奏直前のアーティストとお客様が鉢合わせて非日常感が台無しにならないよう、開演前には幅約20mにわたって連なる巨大な障子を閉め切り、空間を仕切る必要があります。
また、建物全体が自然の斜面に沿って建てられているため、館内には段差が多く、ステージへ向かう通路も長いスロープになっています。こうした構造ゆえ、音響機材など重い荷物を搬出入する際、裏方のスタッフたちは平坦な会場にはない苦労を強いられます。
ロビーを抜けてホール内に入ると、堂内に整然と並んでいるのは、吉村がこのホールのために設計した特注品、その名も「たためる椅子」です。名前の通り折りたたみ式でありながら、革張りで肘掛けも備えられており、長時間の鑑賞でもゆったりとくつろげる座り心地を誇ります。
そんなこだわりの椅子ですが、1脚約6kgの重さがあり、運営の舞台裏ではひと苦労の要因にもなっています。公演の規模や趣旨に合わせて座席レイアウトを変更するため、たとえば150名規模のコンサートであれば、不要な100脚をスタッフがすべて手作業で折りたたみ、倉庫へと運び込まなければなりません。
この椅子は現在、新規での購入が難しいため、長年使い込んだものをリペア工房へ送り、丁寧に修理を重ねながら大切に使い続けています。
理念やデザインを優先した空間ゆえに生じる、日々の地道な作業。現場の負担は決して小さくありませんが、ここでしか得られない特別な体験に感動するお客様やアーティストの姿を目にしたとき、確かなやりがいを感じるといいます。
油井はこう語ります。
「都会の大きなホールで同じアーティストのコンサートを聴いたことがある方でも、『八ヶ岳での体験は特別だ』と言ってくださいます。お見送りの際、心から満足されたお客様の様子に接すると、私たちの苦労も報われる思いがしますね」
吉村が計算し尽くした美しいランドスケープや、高い理念が詰め込まれた建築。しかし、建物がそこにあるだけで「特別な時間」が生まれるわけではありません。雨の日に差し出される傘、静かに閉められる巨大な障子、そして一脚ずつ丁寧に並べられた「たためる椅子」。
世界的ピアニストと名建築家が思い描いたこの森のサロンは、油井をはじめとするスタッフたちの体温を伴う手作業が加わって初めて完成するのです。
現場のスタッフたちが日々手をかけ、整え続けているこの場所は、ステージに立つアーティストたちをも魅了しています。
初めてここで演奏するアーティストの多くは、まず客席との近さに驚きます。実際に音を奏で始めると、木造ならではの深みのある響きと、お客様の息遣いまで伝わってくる一体感に満足感を覚え、「またここで演奏したい」と口を揃えるといいます。長年現場を見守り続けてきた油井は、ステージ上の様子をこう振り返ります。
「ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんは、このホールの親密な空間を大変気に入り、毎年夏には1週間にわたる公演を開いてくださっています。また、歌手の石川さゆりさんは、至近距離のお客様から注がれる温かい拍手に、思わず感極まって涙を流されたこともありました。大ホールでは決して生まれない演者と観客の交歓が、ここにはあるんです」
さらに、音楽堂が誕生する以前からこの地で演奏を続けてきたヴァイオリニストの千住真理子さんは、当時の思い出とともに、本稿に次のような言葉を寄せてくれました。
音楽堂が完成する少し前、今から40年近く前のこと、高原ロッジのロビーでサロンコンサートを行った。手を伸ばせば届く距離でお客様が私の音色を聴いてくださり、近い距離感からお客様とは並々ならぬ親しみさえ感じたものだ。
そして現在、そのスタイルはそのまま受け継がれている。四季折々の景色を背景に音楽を味わっていただく八ヶ岳高原音楽堂の素晴らしい空間。今年も懐かしい旧友に会えるようなワクワク感と共に、私は八ヶ岳へ向かう
千住真理子
秋が深まるとともに、音楽堂を取り囲む森の表情も鮮やかに移り変わります。周辺のカラマツが黄金色に染まり、森全体が明るく輝く「八ヶ岳イエロー」の情景。晴れた日の公演では、ステージ背後の大きな窓越しに富士山の雄姿を望むことができ、夜になれば、澄み切った夜空に無数の星々が瞬きます。季節や天候が織りなす自然の演出が、木造ホールでの体験にさらなる彩りを添えてくれます。
そして、この音楽堂での感動をさらに深めてくれるのが、終演後に八ヶ岳高原ロッジで過ごす時間です。日常へ急ぎ足で戻るのではなく、そのまま森のホテルへと滞在する。レストラン花暦(はなごよみ)などで季節の旬の食材をちりばめた洋食コースを味わいながら、胸に残る美しい音の余韻を語らうひとときは、まさに高原のリゾートならではの贅沢です。八ヶ岳高原ロッジでは、各公演の鑑賞チケットとディナー、宿泊が一体となった専用の鑑賞宿泊プランも用意されています。
建築の美しさ、雄大な自然、それを裏で支え続けるスタッフの存在、さらには美食とともに過ごす優雅な夜の時間。すべてが重なり合って初めて生まれる唯一無二の体験を味わいに、ぜひ八ヶ岳高原音楽堂へ足をお運びください。
